スコータイまでのバス車内

外は段々と暗くなり、景色も郊外に移り変わって行くに連れてどんどん不安が増してきた。

サービスエリアのような場所で休憩。出発から3時間経ち、この時は20時だった。あと5時間もかかる上に着く場所がわからないので、嫌な想像ばかりが頭に浮かぶ。

運賃は食事代込みだったようでチケットを見せると食べることができた。少しでも不安を解消しようと思い、しっかり食べることにした。

だがこのあとバス車内でやることはないので気を紛らわせることはできない。本を読んでも車酔いしそうだし、寝ようにも強烈な空調の冷気と大音量のタイミュージックで不可能だった。景色を見ようにも郊外で街灯や店などの明かりもない。見えるのは同じようなガソリンスタンドばかりで変化がない。

途中でポツポツと人が降りていく。そういう人は迎えがあったり、地元の人間で慣れている様子だった。車内はどんどん人が少なくなる。ましてや外国人など自分一人だった。そういう状況の中でどんどん考えが悪い方向に向かうのを感じていた。

夜の暗闇は否応なく人を不安にさせるらしい。目から情報が入らず、自分の考えや想像ばかりに注意が向く。見えない暗がりの中に勝手な想像ばかりが膨れ上がり、手のつけようがなくなってくる。着いたら人っ子ひとりいない場所に放り出されるのではないかとか、着いたら朝までどう過ごすか、などと余計な心配をしてしまう。

何回不安になって開きなおってを繰り返したかわからないが、そうしているうちにいつの間にかスコータイに着いていた。肝心の場所だが、こんな夜中に人気のない場所に下ろすようなことはないということか、当然ながらバスターミナルの方へ到着した。深夜1時過ぎという時間だったが客引きの人がいて、バスを降りると駆け寄ってきた。普通なら身構えるところだが、この時はものすごく嬉しかった。宿の名前を言うと歩いていける距離だったので場所を教えてくれた。今思えば東南アジアの客引きなんていい人ばかりだった。

宿はこんな深夜に着いても人がいて、嫌な顔一つせず対応してくれた。こちらも長い緊張状態から解放されて安心すると、普段無愛想な私でも自然に笑顔で話すことができた。笑いは緊張と緩和という言葉を思い出す。全く見当はずれかもしれないが、この時ほどそれを実感した出来事はなかった。

 

 

 

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